新たなる旅立ち

ブログソフト「iBlog」が使えない状態になったので、新しいものに乗り換えようと思う。決して使いやすいと言えないソフトを使って、何年も愚痴をタラタラ書いていたのには訳がある。
クラウド・コンピューティングを使いこなしている人々には馬鹿にされそうだが、私は「外のサーバー」の信頼性を信じていない。そして「ただで使える」ものには、悪しきものがあると信じている。
今までのブログソフトは、自分でFTPサイトが決められるし、歴代のデータもローカルとサーバーの両方に残る。ブログランキングみたいなサービスがないので、コメントも殆どない。「それのどこが楽しいわけ?」とブロガーは思うかも知れない。
少し長い話になる。
昔、ぴあフィルムフェスティバルに入賞したとに、循環上映があり、私は大阪の人間なので盛大な東京の授賞式のあと、地元の上映会とシンポジウムにも足を運んだ。温度差というのがこれほど激しいのかと思い知らされた。東京のパルコ劇場では500人は集まっていたのに比べ、大阪では20人程度の集客だった。
地元の人間として、17歳という若さもあったのだろうか、審査員に「こんなに少ないのは、宣伝が足りないのじゃないか、この上映会自体無駄じゃないか」と質問した。
審査員の松本俊夫は「小さいから悪いとはいえないよ」と一言で片付けられた。
その後、自分が職業映画監督になれず、小さな規模の自主映画を作る段になって、一万枚のチラシを巻いて3人のお客さんに対峙してきた頃、松本のいわんとしたことが理解し始めた。
友達から頼まれて、結婚式で歌を歌ったのだが、どなたかが撮影してくれていたようで、私が撮影したものも加えて作品にした。まだ一部しかデジタル編集が普及していない時代だったので、それなりに斬新だったと思う。しかしそれは、高校からの親友と彼の奥さん2人にあげた作品だった。実際、宝物のように喜んでくれた。
最近、自主映画作家の神様的存在の山崎幹生さんが、私の制作したラインナップを企画し上映して頂いた。その際も、多くて5人の集客が精一杯だった。
私は脚光をあびた若き思い入れと、全く異なる思いをもって作品を提示するようになっていた。それは友人の結婚式のように、自分の映画でたった一人でも人生を変わる契機になったとすれば、それは芸術に携わるものとして本望であり、勝利なんだと思うようになったからだ。
だから、これまでのブログは検索でかなり上位にヒットしているし、本来の「日記の役割」を十分果たしてくれている。私のブログでお薦めの映画を見た人もいるかも知れないし、それが人生の転機になったかも知れない。
私はブログに観客をを意図的に引っ張ってきてもらわなくとも、偶然斜め読みされるだけで満足だ。
これは私の長い作品の一部が始まったばかりだから。

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