今年の暮れは「ATMOS」シアターで「スターウォーズ」だね!

「フィルム・メーキング(ほしのあきら著)」というがあり、私の同世代の人間は大勢がその影響を受けて来たと思う。”個人の映画作り”について書かれた本だが、その本の話になると”それ違う本じゃないの?”と感じるくらい、映画の教科書として読んだ作り手と、コンテンツを読み込んだ人たちがインスパイアーされた部分が全く違うのに驚いてしまう。

当時、映画の技術書はあったが非常に難解なものが多く、今流行のムック=雑誌の再編集や”HOWTO(ハウトゥー)”ものはほとんどなく、辛うじて「小型映画」という、アマチュア向けの月刊誌があった。中学生の私は8ミリカメラが欲しくてたまらず、父が高校に入ったら買ってやると云うことで中学生の私には「フィルム・メーキング」という本は「カタログ」という形で機能していた。雑誌「小型映画」でカメラや編集機の価格を照らし合わせ予算内に収まるよう、しっかりしっかり読んだ。ただ、そういうプロセスは楽器でも、オーディオでも、ゲーム機でも、おねだりする中学生は同じことをするだろうと思う。ほしのさんの本を読んで良かったとすれば、解りやすさに一切こびていなかったところだと思う。

さて、そのほしのあきらさんが何十年も続けている上映会に私も時々お邪魔している。見るだけでも十分楽しいけれど、短い新作が出来た時には、DVDにまとめて持って行く。そして必ずドルビー社のトレーラーから始まるのである。


この後、地味で色あせたボロボロの映画が始まるのだ!
若いスタッフには適当に「そういう契約だから」とか誤魔化すのだけれども、
ほしのさんのお顔からは「わからない・・・」が吹き出している。

ひとは物事に意味を見つけたがる
「ここから始まるところが、澤井の映画なのか!?」とか(笑)

 

ご存じかと思いますが・・・最近こういう本が出ました。

最近「ドルビーステレオ(サラウンド)」についての悩み事を書いたばかりだったので、ほぼ100点満点ではないかと思うほどうれしかった。

カセットテープの録音から始まるこの本は、普通なら「自画自賛」ならぬ「自社自賛」ととられ、お金を出して買うものじゃない、このヘンな構成がまたうれしい。映画が誰かに発明され、やがて音がつき「トーキー映画」と呼ばれるようになった。8ミリフィルム、16ミリフイルム、35ミリフィルム、かつてトーキーは「光を音に変えていた」のだ。点の明暗を映写機が読み取って決していい音ではなかったけれども、台詞がずれることはなかった。

ドルビーがテープの後にデジタル・サウンドに使った方法、これが貧乏時代のの映画少年には振り返っては、その苦労と発想に感動してしまうほどなのだ。

僕なんかがデートで映画をみましょ? そういう時代はフイルム自体が高価なのと、しょせんテープだからダビングすると音が悪くなるので、日本一斉同時公開など贅沢な劇場で映画を見られるのは稀だった。だから「一番館」、「二番館」と渡り歩いて、最後は1000円で三本立ての映画館に収まる。それはたいてい、光学録音と呼ばれる形式だったし、大量にプリントするために16mmが多かった。

「DTS」は音が云いと言われるのは、「ドリーム・ワークス」が傾いてきた時にに、スピルバーグの「ジュラシック・パーク」に使ってくれと「DTS」が光学音声に同期信号を入れて24bitで符号化されたCDを回転させてさせて上映したのが始まりで、音がいいのは24ビット単位の規格から始まったので当たり前と云えば当たり前で、音声の同期技術は、50年前から8ミリ映画でさえあった。結果ファイルが大きくなり、DVDの時代は短い映画しか「DOLBY DIGITAL + DTS」のパッケージは容量が大きくて数はもの凄く少なかった。

光の点を読むというのは、なんかデジタルっぽいじゃない? コピーしても劣化しないし。名もなきひとが生んだ「てんてん」技術を音に変える「DOLBY DIGITAL」 といいうサウンドは「ぶっちゃけ貧乏で古くさい」ところから始まっている訳ね、そこがまるで自主映画のように胸を打つわけです。ハリウッドから日本にいいフイルムが来ても、字幕用のフイルムと重ねて、もう一度フイルムに転写する作業が必要だったため、海外の映画が日本で上映される際は、もうマスターからすると五世代以上転写が繰り返されたらしくて、覚えていないが字幕を入れるだけで、相当劣化した映像を僕は映画館で見ていたことになる。

その中で、一切劣化せずに映画館までいい音を持ちこんでくれたのが「DOLBY」で、ライセンシーの時に頂いた5.1のトレーラーは、僕の宝物なのだ。
今年の暮れは「ATMOS」シアターで「スターウォーズ」だね!

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