アップルを考える

前回なにげに「アップルが嫌いでも・・・」と書いた。何十年もマックの布教活動をしてきた私のまさかの発言に、友人は驚いていたし、マックのプリンターを借りたのがきっかけで、20年近く結婚していた元妻は「ヒトとしてダメになった」と、相変わらずおもろい毒舌を吐いている。

50歳台のマックユーザーは、私も含めて相当な財産をマックに注ぎ込んでいる。マイクロソフトがPC界の中で、ビジネスを中心に圧倒的なシェアとユーザーを獲得している中で、マッキントッシュ側は、アーティスとの絵心を刺激するソフトウエアやハードウエアのソリューションを次々に発表し、多くのユーザーに歓迎された。何より、OSがポイント・ワン上がるたびに楽しい仕掛けが増えていく、今では想像も出来ない喜びがあった。

また当時のマックユーザーにはマイノリティーである故の共有感と誇りががあったと思う。音楽、映像、グラフィック、DTPなど、当時のマイクロソフトの顧客には関係のない、自由闊達な遊び心があり、その感覚はリドリー・スコットのCMに現されるよう、管理された体制への反逆という時代の空気とも一致していた。なので、この年代の愚痴る内容はダウンロード販売や、強制的なシステムアップ、iPhoneとの過度の親和性に無理矢理付き合わされる、メジャーになったアップルの傲慢な「囲い込み」への反発意識が強い。

私はもし可能なら、かつてのオペレーティングシステムのGUIを次のOSに採用できないかと願うひとりだ。Beとの競争に買ったスティーブ・ジョブズはMacOS Xをポリカーボネートのボンダイブルーなどのカラフルなラインナップで、特に女性の購買層を伸ばした、またAQUAというGUIを用いてOSをビジュアル化した。しかしながら、それまでのユーザーにとってはひどい迷惑だった。浸透した職業でいうなら、音楽スタジオでは余りのうるささに、Macを避難させたり専用の防音箱まで販売された。DTP業界はQuark Expressやフォント、プリンターへの投資が無になり、まだアドビが「PageMaker」か「In Design」の製品化を決めかねていたため、ある種のマックユーザーのチームワークが壊れたと云っていい。この頃から「プロはOSを上げない」習慣が始まった。アドビの困惑はマックの主力商品であった「Adobe Premiere」の撤退というところまで、追い詰められていた。

私がWindowsの自作を始めたのがこの頃で、WindowsXPは今クラシックと呼ばれるマックにそっくりで、かつてマックの独占場であった、クリエイティブなソフトも各社が積極的に開発を進めていった。特にWindowsの凄さを感じたのは「Adobe Premiere Pro」専用のアクセラレーターで、そんなものがパソコン屋の店頭にわんさと売られていることだった。CPUが虚弱な時代のレンダリングをリアルタイムに引き上げるボード、それもお小遣い程度で替えるボードはマックでは出来なかった。特に今の「EDIUS PRO」を開発した会社の勢いは、動画の世界では半端なものではなかった。私が何年も「nVIDIA」のマック版を積極的に販売していたのは、当時のうれしい驚きを引きずってたからかも知れない。

ここまでは年寄りの話。

若い人に是非知ってもらいたいのは、スティーブ・ジョブズの経営手腕とアップルの人種問題への偏りである。私はたまたま、BBCのYalda Hakimというジャーナリストに関心があり、はじめはBSのDlifeチャンネルの夜中の再放送を楽しんでいたが、今は「インパクト」という海外向け日本語放送を契約している。CNNにも興味があったが、アメリカを知るには別の国から眺めた方が、公正さがあるようでもっぱらBBCを見ている。まず、ここ数年繰り返し報道されているのが、アップルに雇われた中国の工場で働く労働者の自殺者の数の増加である。身近に思って頂くために例をあげれば、誰もが羨むような広告代理店に勤め、家族や周囲からは賞賛されるが、実態は眠る間もなく死んでいった女性を思いだして欲しい。特に貧しい国の場合、外資系の会社で働くことは単に誉れというだけでなく、家族や親戚も含めた生活を担う環境に置かれ、待遇を考えた場合とても辞められるものではない。

まさに奴隷のように働かされて、殆どのアップル製品は中国製であるにも関わらず、それが目立たぬよう『Designed in California』 と白い高級な箱を作らされている人々はどういう思いか?最近日本のシャープが鴻海の傘下に入って話題になった。日本のニュースでは「家電大手の会社」と漠然と伝えていたので、正直、シャープブランドもったいないと思っていたが、BBCはダイレクトに「iPhoneメーカーのほんはい」と伝えていた。その時始めて、シャープが買収された先のデカさに気付いた。日本のメディアはアップルべったりだから都合の悪いことは殆ど伝えない。金で動くテレビは特にそうだ。まだ、個人のツイートの方が真っ当なジャーナリズムを実践している気がする。

日本のアップルストアで目立つのは、流暢な日本語を話す外国人の店員なのだが、圧倒的に黒人が多い。日本での黒人への人種偏見の低さは、あらゆる文化人が語るように素晴らしい。だが、こと白人の国となると残酷だ。オーストラリアでアップルストアに遊びに来た黒人少年達を、警備員が追い出したのだ。時はオバマ大統領の時代だったこともあり、大変な報道となりアップルへの非難は何日も続いた。後にアップルは警備員の教育不足として、子供達に公式に謝罪し騒ぎは収まったが、YouTubeにはその現場の映像は残っているのではないだろうか。

スティーブ・ジョブズの経営の厳しさは、若い子に分厚い伝記を読ませるほどカリスマ性が高い。しかし池上彰によれば、ジョブズと仕事をした半分の人間が周囲から去って行くと語っていた。彼亡き後、帝国と化したアップルは変わっていくのだろうか。海外から伝わってくるニュースを毎日見ていると、ジョブズもトランプもいい勝負だと思えてくる。「アップルが嫌い」と書いた私にそんな潜在的な気分があったのかもしれない。

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